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雨々なるままに

小説と更新、日常を徒然なるままに。

いまも、ちゃんとおぼえている。 (其の狐)  

南条翔は其の狐の如く
「<四>翔ける阿呆に諦める阿呆」

ちょっとした後日談
米倉の気持ち。

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 米倉は昔から足掻く、という行為は好きじゃなかった。

 物事に対して勝算のある足掻きならば、足掻いた結果が実を結んだ現実を受け入れ、その労力は無駄じゃなかったと安心できる。
 けれども、そうでなかった場合、勝算がなかった場合、足掻いたところでそれは「悪足掻き」にしか過ぎない。見えている負けを分かっていながら、足掻いたところで何も変わらない。寧ろ無様だ。
 そう思っているから、米倉は悪足掻きが好きではなかった。
 無駄な労力を費やすくらいなら最初から負けでいい。潔く諦めた方が賢い。適当に結果に見切りをつけて動いた方が効率的だ。

 そのようなことを常々思っている。
 思っていた。
 いまもそう思っている。

 だから、今回も適当に役目を終えて、さっさと成るようになれ、と思っていた。
 牛鬼に内側から喰われている。
 取り憑かれた右目はどうしようもない。
 すでに記憶をいくつも失っている。
 そう、だから、そう。お利口さんに、賢く、お行儀良く、自分なりに空気を読んで始末をつけてもらおうと思った。

 なのに、この有様はなんだ。
 米倉は参道につくねんと、ひとり座り込み、砂を握り締めていた。
 きっと首を捻った先の鳥居では、腹立たしい狐が己のことを待っている。米倉を嘘つき呼ばわりした狐は、こちらの気遣いや配慮なんぞガン無視して「死にたくないくせに」と鼻で笑ってきた。米倉の気持ちも願いもあしらってきた。なんて狐だ。高校時代はあんなに面倒看てやったというのに。

(なにも、知らないくせに)

 米倉は砂を投げた。
 むしゃくしゃが止まらない。
 せっかく不安も恐怖心も自分自身の願いもかなぐり捨てて、諦めて、誰かのために役立とうと思ったのに。あいつのせいで、狐のせいで、全部がおじゃんだ。足掻きたくないのに足掻きたいと思う自分がいる。どうしてくれる。この気持ち。

(こんな俺、手遅れだろうがよ)

 傍から見ても手遅れだと分かる現状。
 だから、だから、だから怖くて、死にたくなくて、苦しくて、現状を受け入れるのがしんどいから諦めようと思ったのに。思ったのに狐は無責任なことを言い放った。こんな自分に手を貸すと、自分の忘れた記憶は狐が憶えておくと。
 腹立たしいったらありゃしない。
 何を格好つけなことを言っているのだ。
 何もできないくせに。
 何もできっこないくせに。

 それでもどこか、心救われる己がいて、それがすごく悔しくて。

(ばかになれってか。くそったれ)

 やめだやめ。
 空気を読むだけ、ばかをみるのはきっと米倉だ。
 ああ、むしゃくしゃする。幼馴染病でめそめそしていた狐に、こんな気持ちにさせられるなんて。
 さっきのがハッタリだったとしても、法螺(ほら)だったとしても、なんだったとしても米倉は狐のせいでばかになった。それは確かなこと。

 もう一度砂を握り、それを適当にぶん投げると、軽く手を叩いて立ち上がる。
 足軽に鳥居に向かえば、耳をこちらに向ける狐が一匹。
 米倉が近づくと、さっさと背中を向けて石段をおり始める。ちっともこっちを見てくれないのは狐なりの優しさなのか、それとひどい顔だと暗喩する嫌味なのか。
 無言で石段をおりる狐の背を見つめ、米倉も石段をおりる。

 狐の足取りはぎこちない。
 そういえばこの狐は足を悪くしていた。杖をついて歩いていた。
 なのに、杖が見受けられないのは……おおよそ米倉の目玉を抉る茶番のために杖を置いてきたのだろう。大した狐だ。その覚悟は認めてやっても良い。

 ふと米倉は狐の姿を見つめ、見つめて、あることに気づく。

「お前。そんな小さかったっけ?」

 すると狐は足を止め、小さな笑声を漏らしながら「いいや」

「俺は変わってねーよ。変わったのは米倉、お前だ」
「なんも変わってねえけど」
「たぶん、お前はまだ伸び盛りだろ? 俺は十七からこのままだ。百年後もきっとこのままだ。人間と時間の感覚が違うんだよ」

 米倉は狐の事情を何も知らない。
 けれど話の前後から予想するに、狐は妖狐になった瞬間から、人間と同じような時間は過ごせなくなったのだろう。ゆえに狐はこのままだと言った。来年も再来年も百年後もこのままだと言う。
 それを聞いた米倉は自然と鼻で笑ってしまった。そして口から出たのは「うそつけ」

「単にお前の成長期が終わっただけじゃねーの?」

 三尾の体毛が逆立ってきたので、米倉は口笛を吹き、狐の表情を予想する。
 おおよそ、口元を引きつかせているのだろう。ざまーみろ。これくらいの仕返しくらいさせろ。
 足を止める狐と同じように、米倉も足を止める。

 そして言う。

「来年もおんなじことを聞いてやるからな。南条覚えておけよ」
「……来年おんなじことを聞いたら、その目ん玉引っこ抜いてやるから安心しろ」
「こえーの」
「覚えておけよ」
「都合の良いアタマしてるから、忘れるかもしんねぇ」
「うぜぇお前。立ち直った瞬間これだ」

 米倉は笑った。
 なよなよとした悲劇のヒロインぶっていた方が良かっただろうか?
 そんなことしたってキモイの一言で背中蹴っ飛ばしてくるのだ。だったら生意気の一つ、嫌味の二つ、お小言の三つ言っても許されるだろう。

「南条。お前とどうやって出逢ったか、もう俺は憶えてねーんだ」
「……そうか」
「けどお前憶えてるんだろ」
「ああ」

「じゃあ、それでいい。お前が憶えてるなら、そんでいいって思えてきた。南条クンのせいでな。ああ、けど俺に傷心を負わせた、さっきの南条クンは忘れてやんねえ。ずーっと憶えておいてやるから。死んでも憶えておいてやるから。一生恨んでやらぁ」

「うへえ、お前って意外とねちっこい奴だったんだな。一生言われそう」
「嬉しいだろ?」
「へえへえ、嬉しいですよ」

 悪態をつき返す狐は一度たりとも、米倉の方を振り返らなかった。
 ああ、腹立つ。また気遣われてしまった。くそったれ。
 どうせ日輪の社に着くまで、こっちを向くつもりはないのだろう。それくらい情けない顔をしているのだろう。大体誰がそんな顔にさせたのか。
 だから隙を見て、無理やりこっちを向かせて、そんでもって、めいっぱいデコピンをしてやろう。

 気遣われるばかりなんて、正直可愛い性格を米倉聖司はしていない。
 おなじように、気遣うばかりなんて、正直格好良い性格を南条翔はしていない。

 少なくとも、二人の間にそんな遠慮し合う関係はない。
 米倉はそのことをちゃんと憶えている。いまも、ちゃんとおぼえている。

(終) 
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category: 作品の小話

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よりどころ(其の狐)  


リハビリ。
なんでもない一日のお話。

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よりどころ(其の狐)


「翔殿、お茶ですよ。また狐らと戯れていたのですか?」
「青葉か。戯れていたんじゃなくて、交流していたんだよ。市井の妖を知るのも、頭領のお役だろう?」

 夜のしじま。
 三尾の妖狐、白狐の南条翔は己(おの)が守護する月輪の社で数匹の狐を世話していた。
 それは南の地に流れ着いた身寄りも、頼りもない化け狐らで、人語もヒトの知識も乏しい狐であった。翔にとって頓珍漢と言っても過言ではない獣語を話す狐らであった。

 神職狐を介して話を聞く限り、それらに自我が芽生えたのはごく最近の話。
 ふと気づくと、周りの状況と判断ができるようになり、「自分はいま山の中にいる」と認識したという。そのお山もすっかりくたびれ、食べられそうな実も虫も動物もいなくなったので、途方もなく流浪することになったそうだ。化け狐ゆえに生き延びることができた。

 さりとて、化け狐ゆえに土地土地にいる妖に追い出されてしまった。
 最初は一匹の狐がそのように流浪していたそうだが、一匹、また一匹と同胞を見つけ、やがて小さな群れとなって行動するようになった。
 そんな最中、妖狐が統べる日月の社を噂を聞きつけた。なんでも、あそこには元人間の化け狐が頭領になっているのだとかナントカ。
 だったらきっと、ああ、きっと自分達を受け入れてくれるに違いない! 元人間の化け狐が頭領になったのだから、元狐の化け狐を受け入れないわけがない。
 小さな希望を胸に抱き、千日千夜大地を駆けて、ここ月輪の社を訪れたのだという。

 悪意ある狐らではなかった。
 ただ少々無知が目立つ田舎者狐であったので、南北の神主がどのような姿かたちをしているのか、まったく分からず、最初はヒトのかたちをしている翔や青葉を恐れて威嚇してきたのは蛇足にしておこう。

 事情を聴いた翔はこれらを比良利に話し、しばらくの間、狐らを月輪の者であずりたいと申し出た。
 化け狐らはとくに元人間の化け狐に期待を寄せているようだったので、それに応えたいと思ったのだ。比良利も思うところがあったようで、「狐らの暮らしについてはこちらで模索しよう」と返事してくれた。本来ならばそれも翔がやるべきことだろうが、まだまだ未熟狐ゆえ、暮らしについては比良利の厚意に甘んじた。早く一人前の頭領になりたい、と心の中で思った。

 閑話休題。
 翔は化け狐らと参集殿の大広間で物を広げていた。
 いずれここで暮らしていくであろう化け狐らに、銭として使用している爪や貝殻を見せ、これで物を売買していると教えてやる。ただ翔は獣語が話せないので、もっぱら猫又のおばば、金銀狐のギンコとツネキが身振り手振りで教えていた。
 おぼんを持った青葉が広い器に茶を注ぎ、化け狐らに差し出すと、彼らは不思議そうに首をかしげる。

「お茶なんて山の中にはねえもんな」

 翔は笑いながら、小さな湯呑みを手に取って、それに口をつけた。
 それを見た化け狐らは飲み物だと理解し、さっそくそれを飲み始めるが、湯気立ったそれに総身の毛を逆立て、かちんこちんに固まっていた。
 それにまた一つ笑い、狐らの頭を撫でてやる。

「飲めそうにないなら水を用意するから無理すんな。少しずつ受け入れてくれたらいいさ」

 いぶかしげに茶を睨む狐らに微笑むと、素直に鳴いてきた。返事してくれたのだろう。

「比良利さまから言付けです。明後日(みょうごにち)、この子らを連れて洗濯狐の暮らす巣穴に向かうと。洗濯狐らが彼らにここでの暮らしを教えてくれることになったそうで」

「洗濯狐か。こいつら、洗濯できるかな」

「適正であれば洗濯を教え、難しそうであれば洗濯した物を運ぶ飛脚を担ってもらうとのことですよ。もちろん、最初は洗濯以前に暮らしの規律を教えなければならないでしょうが」

「時間は掛かるだろうさ。こいつらは狐のまま生を受け、狐のまま死を迎えると思っていた。そこに新たな生きる道が定められたんだから、受け入れるのには時間が掛かると思う。でも大丈夫、こいつらならやっていけるさ」

 わしゃわしゃと狐らを撫でてやれば一匹、また一匹、翔の膝に乗ってくる。
 ついでにギンコも乗ろうと狐団子の中に交じり、それを追いかけてきたツネキも無遠慮に膝の上に乗って来た。すっかり翔の膝は狐団子でまみれた。
 それがついつい愛おしくなり、翔は腕と尾っぽでみなを抱きしめる。

「もしも暮らしが肌に合わなくても、お前らは白狐の子ども。またここを頼ってくれよ。この白狐、お前らの拠り所になりたい」

 齢十九の狐ゆえ、大層青臭い言葉であろうが、まことの気持ちだと翔。

「忘れてくれるな。白狐はいつも、お前らと一緒だ」

 自然と零れる言葉は、果たして己の想いなのか、それとも受け継がれてきた魂からの叫びなのか。
 頬を舐められたので、お返し舐め返してやる。すっかり翔は頭領であり、化け狐の心となっていた。

 優しく様子を見守っていた青葉が、そっとこのようなことを言ってくる。

「翔殿が、十代目に選ばれてまことに良かった」
「え」

 きょとん顔で彼女を見つめる。

「なかなか難しいものです。よそ者の誰かを受け入れる、だなんて。翔殿は率先して、化け狐らを受け入れ、その心の拠り所となろうと努めております。その姿を見ると、ああ、だから貴殿が宝珠の御魂に選ばれたのか、と思うのです」

「何言ってるんだよ青葉。最初に俺を受け入れて、心の拠り所になってくれたのはお前らじゃん」
「え?」

「元人間のぺいぺい化け狐がさ。人間のままがいい。化け狐になりたくねえって、愚図愚図泣いているのを、お前がギンコがおばばがツネキが、みんなが受け入れてくれた。今思うとすごいことだぜ? 妖祓と繋がっている人間臭い半妖狐が、毎日のように月輪の社に遊びに来るのを受け入れるのって。あれは俺にとって心の拠り所になった。色々あったけど、やっぱりあの時間は俺にとって化け狐を受け入れるのに大切な時間だった」

 だから。

「今度は俺が誰かの心の拠り所になりたい。元人間の餓鬼だった俺を、南の神主として受け入れてくれたみんなのようにさ」

 そうして長い長い時の中を生き、昇る命を、沈む命を見守りたい。
 翔は照れくさそうに口端を舌で舐めると、「だから早く一人前の神主になりてぇ」と言って、その場に寝転んだ。

「比良利さんみてぇにもっと色んなこと決めてぇ。自分で月輪の社を切り盛りしてぇ。ついでにつよくなりてぇ。比良利さんに勝ちてぇ」

「ふふっ、それはそれは。まずは武の師である天馬殿に勝たねばなりませんね」
「何十年掛かるんだろうな。今の俺じゃ、青葉にも勝てねえし」
「百年後を楽しみにしてますね」
「明日にでも勝ちてぇって。ああもう、一人前の神主って遠いなくそう」

 あれやこれやと愚痴をこぼす翔を、狐団子になっている化け狐らがいつまでも、いつまでも、不思議そうに見守っていた。その目には小さな安堵と、大きな期待が宿っていた。
 その数百年後、流れ流れ着いた狐らが立派な化け狐となって、身寄りなく流れ者を受け入れる宿屋を作ったのは先の話。その宿屋の名前は『拠り所』、十代目が狐らに伝えた言葉が由来になったのは、はてさて先の話なり。

(終)

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いい兄やの日(其の狐)  

翔は負けず嫌いでまだまだ子どもという話。

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(俺、どうしたら比良利さんに追いつけるんだろう)

 その日、翔は表社の社殿の屋根のうえで、夜空を見上げ、ひとり憂いていた。 
 今宵は兄分がひとりで神主舞を舞う日だったのだが、それはそれは見惚れる素晴らしさだった。感嘆を漏らしてしまうほど、うつくしい神主舞は、今後の南北地に安寧と繁栄を願うものに相応しいものだった。
 彼と神主舞を一緒に踊っている翔なので、少しだけ比良利と対等になれるための一歩を踏み出せていると自信をつけていたのだが、歴然の差だった。
 おかげで抱いた感動は、萎れた憂いになってしまう。
 ひとことで言えば、比良利の背中が遠すぎる。悔しい。自分は彼の対だというのに。
 毎夜のように鍛錬を積んでも、ちっとも追いつけない。分かっている。積み重ねる時間が足りないのには。それでも、それでも、だ。

(くやしいんだよ。バーカ)

 下唇を噛み締め、軽く目元を拭った。
 愚図愚図している場合じゃあない。
 自分には山のようにやるべきことがある。覚えることがある。得なければならない知識がある。わかっているのに。

 どれほど、そこで夜風と戯れていただろうか。
 夜風が朝風が変わる頃、翔はむくりと体を起こし、くしゃくしゃになった髪を整えた。

(かえろう。このままじゃ、いつまで経っても追いつけねえよな)

 颯爽と社殿から飛び降りる。
 帰ろうとした足は、ぴたり、と止まってしまった。
 ゆるりと膝を折ると、物陰に隠れていた扇子と徳利を拾い上げた。風を切っていない徳利を開けてみると、ツツジのやさしい香りが翔の荒んだ心を癒した。
 周辺は刻み煙草の吸殻が落ちている。指で抓むと、まだ温かかった。

「なんだよ。覗きなんて悪趣味だぞ」

 ああ、こんな情けない姿ですら見守ってくれるなんて。

「声くらい掛けてくれてもいいじゃん」

 いや、掛けたところで自分は突っぱねてしまっていただろう。
 覗き魔もそれを分かっている。だから、何も言わず、置き土産をしたのだ。
 これだけで伝わってくる。彼は待ってくれている、いつまでも翔が隣に並ぶ日を。
 気づいたら、翔は扇子を引っ掴んでいた。徳利を元あった場所に置いて、だだっ広い土の上で神主舞を始めた。もう朝が来るのに、眠る時間がやって来るのに、どうしても舞わずにはいられなかった。

(いつか、かならず、じゃない)

 いつか、必ず追いつく、なんて曖昧だ。

(明日にもで追いつくんだ。気持ちだけでも、双子の対に、だって俺は)

 その天命に導かれ、それを受け入れた第十代目南の神主なのだから。



「まこと負けず嫌いなところまで、わしそっくりじゃのう。我が対は」

 朝日差し込む世界の向こうを、拙い神主舞を踊る白い狐を、社殿の屋根のうえで、やさしく見守る赤狐がいたという。

(終)

category: 作品の小話

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【南条翔~3】書籍版のあとがき的なお話②  


ご無沙汰しております。
先日、3/30に南条翔~三巻が発売されました。
すでに購入されている方々、本当にありがとうございます^^*

さて、1巻2巻併せてあとがきを書きましたので、
今回も3巻のあとがきを、ここでつらつらと綴りたいと思います。



以下、あとがき的なお話をしておりますので、
一巻・二巻・三巻の既読をオススメします。
web版の内容にも軽く触れておりますのでご注意ください。





▼1年もお待たせしてしまい申し訳ないです。
其の狐は私の作品の中で、歴代一頭を抱える作品なのですが、書籍作業にあたり、やはり頭を悩ませてくれました。
web版とまったく異なる展開になることは、「妖寄り」の設定を入れるうえで決めていたことなのですが、それによって新たな展開を作ることは当然のことで……その新しい展開が本当にこれで良いのかと書いては没にし、また書いては没にし、と繰り返すこと何十回あったか(遠目)

とくに私の中で、話に新しく出てくる「茶丸」の存在が頭を悩ませてくれました。
「茶丸」は三巻において、どのような存在にしようか。翔を受け入れられない、生粋の妖狐族にしようか。それとも好奇心旺盛な妖狐族にしようか。どんな風に翔と関わらせていこうか、とても悩みました。

ちなみに「茶丸」は私の飼っていたシマリスの「茶々丸」から取っています。
すでに亡くなっているペットなのですが、ふとあの子の存在を思い出し、「茶丸」は翔とまったく反対の価値観を持つ妖狐にしよう、と思い立ちました。
妖狐はなんで「人間」に化けるのか。
比良利達はなんでいつも、ヒトのかたちで過ごしているのか。
そのような疑問を持たせる、狐の中の化け狐をえがこうと思い浮かび、「茶丸」は誕生しました。

「茶々丸」は私の日常の中で、当たり前の存在でした。
それが「茶丸」に引き継がれているわけです。

それはそれとしても、一年お待たせしたことは本当に申し訳ないばかりです……。


▼黄貂の千早の存在。
ある程度、予想はしていたのですが、やはりお声が多かったのは「黄貂の千早」でした。彼は本当に良くも悪くも人気な子だと思います(苦笑)

最初から千早の立ち位置は決めていました。
web版では神職に物申す輩がいない。
でも書籍版が「妖寄り」ならば、必ず神職らのやり方に口を出す妖がいるに違いない。
それだけでなく、神職の欠点や甘さに腹を立てる妖も少なからずいるはず。我こそ神職の座に就く、という妖もいるはず。
そのような想いを正面から物申す存在がほしくて、「黄貂の千早」は生まれました。

最初の登場が二巻であれなものだから、三巻でだいぶん変わったと思いますが、千早は主人公にとって味方でもなければ敵でもない中立な立場です。
なにせ神職に不満を持っている妖なのですから、これからも主人公を利用するでしょうし、時にめちゃくちゃなことをして翔を困らせてくれる存在になりえるかと(負けん気強い翔が千早を困らせるかもしれませんが)

また宝珠の御魂が選ぶ・選ばない存在の対象としても「黄貂の千早」は必要不可欠だと思っております。
千早は比良利や翔と違い、才能を持っていながら、さらに族の当主をしていながら、宝珠の御魂に選ばれておりません。彼は彼なりに天之の地を想い、妖を想っている。
それでも比良利や翔とは違う。彼の才は「秀才」に留まっている。
選ばれた者は何か特質した才があり、それは「鬼才」を持っているのだと私は思っています。
しかしながら現状の千早は「秀才」であり、今の彼ではどうしても比良利や翔を超えられない壁がある。だから選ばれないのです。

ただ才は時として、思わぬところで開花することもある。
千早が何かをきっかけに天命を感じ、その意味を知った時、才が開花して「鬼才」となり、宝珠に選ばれるやもしれません。

脱線してしまいましたが、これからも天之一のナルシストな妖をよろしくお願いします!


▼読み終えた後に、もう一度表紙を見ていただけたら嬉しいです。
作中に『蛍草』という花が出てきます。
これは『ツユクサ』のことで、天之の異界では夜になると雄しべ部分が青く光り、闇夜を照らしてくれる、夏限定の花だと本編中に出てきています。

ツユクサは古来より「儚さ」の象徴。
「朝咲いて昼には萎む儚い花」と言われています。
そして花言葉は「懐かしい関係」

それを踏まえたうえで、表紙にいる「茶丸」そして「対峙関係になりつつある幼馴染」を見ていただけたら、当たり前の日常の儚さが伝わってくるかと思います。
当たり前の日常の中に、燃え上がる青い炎が表紙に描かれているのですが――当たり前の日常がどれだけ尊いものか、少しでも表紙で感じていただければ、私としてもすごく嬉しいです。



今回はここらへんで。
また気まぐれに③を書き綴り、其の狐の裏側を語りたいと思います^^

category: 裏側・あとがき

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小夜時雨(其の狐)   


天馬の姉さん、名張お小夜はこんなおなご。


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▼小夜時雨(其の狐)


「最初はね、半ば無理強いされていると思ったの」


 久しぶりに姉と顔を合わせた烏天狗、名張天馬はお小夜の部屋で濃い目の茶を啜っていた。
 ぽつぽつとした会話ばかり広げていた。さりとて、それが楽しくて仕方がなかった。五つ上の姉と過ごす時間は、いつもこのようなものだ。
 濃い目の茶が湯呑みから半分減った頃、お小夜が突拍子も無いことを切り出してきた。
 彼女は柔和に綻び、「護影のことよ」と、言葉を重ねる。神職の師を務めると聞いただけでも、心がざわついたというのに、護影を任されるなんて。弟は無理強いされているのやもしれない。
 姉はそう思ったそうだ。

「北の神主から頼まれたと聞いて、正直心が凍ったの」

 だって弟は名張の長子。
 父でも成せなかった名張の汚名を返上しようと、無理をしているのかしれない。それを見越して、北の神主はお役を任せてきたのやもしれない。神職はあまり好きではないから、お小夜は肩を竦める。

「だから父と口喧嘩をしてしまって。どうして、父がお役をこなさないのですか。天馬はまだ十九ですよ。そう言って」
「姉上。護影のことは自分で決めたことです」
「分かっているのよ。でもね、姉にとって弟は可愛いものだから」
「可愛い、は複雑です」
「ふふっ。あなたらしい」

 お小夜は乏しい表情を笑みの色に染めると、

「十代目も狐だから狡いことを考えているかもしれない」

 そう思っては疑心暗鬼となっていた。弟を想うが故の心だった。

「けれど、十代目と出逢った貴方は本当に表情豊かになった」

 乏しい表情を崩してよく笑い、よく呆れ、よく悔しがった。それはまごうことなき、幼少にしか見られない表情であった。天馬は良くも悪くも幼くなった。
 だからお小夜は十代目のことに、とても興味を持った。弟をここまで幼くさせている妖狐とは、どういう子なのだろう、と。

「十代目の第一印象は少年、だった」
「でしょうね」
「幼い子で、感情豊かなだと思ったわ」
「はい」
「貴方のことを、友と思ってやまない子だった」
「はい」
「屈折のない眼光の鋭さは、まごうことなき十代目。貴方のことを同情もせず、かといって区別も哀れみもせず、ただ天馬として見ていた」

 それを見て、お小夜はこの狐だから弟は幼くなったのだと思った。良い目をしていると思った。慇懃丁寧に挨拶をしてきたかと思えば、年相応のしゃべり方となり、ちぐはぐに敬語を使う、そんな姿が愛おしいと思った。
 頭領の威厳を見せようと努め、妖の心を包み込もうとする姿勢が印象的だった。

「天馬。貴方が十代目を守れなかったと、ひとり部屋で責めていた日があったの、憶えている?」
「……忘れもしません。自分は危機すら察知できませんでした」
「それを見た私の気持ちは、『弟は守る側の子』になったのだと、愛おしくもあり、寂しくもなったわ」

 小夜は天馬の頭を少し撫で、「守ることは容易いことではないわ」それでも、貴方の道を行きなさい、それが天馬の望む道ならば――そう言って応援してくれた。ただただ気恥ずかしくなった。姉はいつもこうだ。子ども扱いをしてくる。

「姉上はいつも自分を守ってくれていましたからね」
「ふふっどうだったかしら?私の記憶では守られていた気がするのだけれど」

 なんておどけてくる姉に勘弁してくれ、と天馬は頬を紅潮させる。

「あまり自分の口から言わせないでください」
「ごめんなさい。すこし、意地悪したくなったの」
「自分は貴方に敵わないのですから」
「天馬は優しいものね」

 しばし静寂が訪れた。
 しかし、それで良い。今宵はお互いに少々しゃべりすぎだ。少しペースを落とさなければ、顎が疲れてしまう。

「ねえ、天馬」
「はい」
「翔さまをちゃんとお守りするのよ」
「はい」
「守ることを恐れてはいけないわ」
「はい」
「恐れては守れないのだから」
「はい」

「ひとつ、貴方が十代目を守るのは名張のため?」
「いいえ姉上。これはまぎれもなく、俺自身の意思ですよ」

 お小夜は花咲く笑顔を見せた。良い主を見つけたわね、と言ってまなじりを和らげると、そっと手招いてくる。

「おいで。結いなおしてあげる」

 稽古後の乱れ髪を指さしてきたので、天馬は軽く頭部を掻いた後、湯呑みをお盆に置いて、そっと姉の前で胡坐を掻いた。
 昔から、大事にしている姉弟の時間であった。

(終)

category: 作品の小話

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